数学者の岡潔(1901-1978)の随筆集『春宵十話』(2006、光文社文庫)を読みました。数学だけでなく、自身の生い立ちや、戦後の日本の社会や教育などについて幅広く書かれています。50年以上前に書かれたものですが、内容は現代に通じるところが多く驚きました。また文章も易しく読みやすいものでした。印象に残った箇所などを紹介します。

数学と情緒

数学というと、難解で、複雑で、人を寄せ付けない冷たく厳密な世界……というイメージを私はなんとなく持っています。しかし、岡潔によると数学は「情緒」によって表現されるものだといいます。

数学とはどういうものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つであって、知性の文字板に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現することである。(引用元:3ページ「はしがき」)

私には、情緒と数学に関連があるとは思ったこともありませんでした。どちらかといえばその逆で、情緒のような人間性は排除された世界だと思っていました。数学のような厳密な世界には、情緒のようなあらゆる感情や感性は不要なものだとイメージしていたので、この「情緒」という言葉はとても意外に思いました。また、数学と芸術はよく似ているという話がありました。

数学の目標は真の中における調和であり、芸術の目標は美の中における調和である。どちらも調和という形で認められるという点で共通しており、そこに働いているのが情緒ということも同じである。だから両者はふつう考えられている以上によく似ている。(引用元:164ページ「数学と芸術」)

調和という言葉はとても印象的です。調和という言葉でつながっている数学と芸術が、情緒によって表現されているというのはとても不思議です。芸術は音楽や絵画などさまざまな形で私たちの生活によりそっています。一方で数学は、私たちの身近な世界の表にでてくることはほとんどありません。そんな数学と芸術が実はつながっているというのは、人間の情緒表現の多様性を表しているのかもしれません。

数学の取り組み

岡潔が最初は数学ではなく物理を専攻していた時の話はとても意外に思いました。

初めから数学を選ばなかったのは、物理の方がまだしも学問に貢献しやすいと思ったからで、数学ではその自信が持てなかった。それほど数学を専攻することには臆病だった。(引用元:26ページ「数学への踏み切り」)

著名な数学者でも、かつては数学を専攻する自信がなかったということに驚きました。天才は最初から天才だったのではないかと勝手なイメージを持っていました。岡潔は、自分が臆病だったことを認めており、まるでどこにでもいる悩める大学生と同じように感じました。どんなに成功した人でも、自信がなかったり悩んだりしながら生きてきたという、当たり前のことに気づきました。

その後、岡潔が数学者として取り組む課題を見つけた時のことも印象に残りました。

1934年だったが、ベンケ、ツーレン共著の「多変数解析函数論について」がドイツで出版された。これはこの分野での詳細な文献目録で、特に1929年ごろからあとの論文は細大もらさずあげてあった。これを丸善から取り寄せて読んだところ、自分の開拓すべき土地の現状が箱庭式にはっきりと展望でき、特に三つの中心的な問題が未解決のまま残されていることがわかったので、これに取り組みたくなった。(引用元:34ページ「発見の鋭い喜び」)

最近思うことに、今までにはない新しいアイディアや、0から1を生み出すこと、個人の独自性などの重要性が世の中から求められているように感じます。とたえば学問やビジネスなどの分野です。ただこれは、個人的にはあまり馴染まない考え方です。全く新しい「何か」を求める今の世の中の風潮は、私には少し違和感があります。

どちらかというと、今までに先人たちが積み上げてきた世の中や歴史の中に私たちがあり、そこから学び、課題を見つけて取り組んでいくことの方が私には自然の流れのように感じます。岡潔が取り組んだ課題も、そうした流れの中で見つけたものであることがわかります。もちろん、それを解決するための数学は新しいものですが、0から何かを始めたわけではないといえます。岡潔が、天啓のように興味関心や進べき道が見えたわけではなく、堅実な取り組みの中から研究を進めていったことはとても参考になると感じました。

日本のこと

岡潔は本の中で、戦後の日本の教育などについても述べています。主に教育を批判したり若者を心配している一般的な内容に感じましたが、以下の文章はなるほどと思いました。

敬虔ということで気になるのは、最近「人づくり」という言葉があることである。人の子を育てるのは大自然なのであって、人はその手助けをするにすぎない。「人づくり」などというのは思い上がりもはなはだしいと思う。(引用元:81ページ「日本的情緒」)

人の子を育てるのは大自然という考え方は私にとって新たな気づきでした。どうしても、人は人が育てるものとか、人は勝手に育つものとか、少し偏った見方になってしまいがちです。正解がある議論ではないと思いますが、確かに人は自然の中で生まれ、自然によって育てられるというのは素敵な考え方だと感じます。

私は自然によって育てられたという感覚はあまりありませんが、自然の中で遊んで育った記憶はいくつかあります。私たち人間も自然の一部であり、子どもはその摂理の中で成長していくという感覚はとても大切なことかもしれません。

おわりに

岡潔はこれらの他にも、フランスでの留学の話や、友人や恩師のこと、好きな作家(夏目漱石など)、好きな絵画や音楽などさまざまことを書いています。数学の専門的な話はほぼありません。どれも気軽に読める話です。空いた時間に少しずつ読むのもおすすめです。